そこは、陽の光から隔絶された場所であった。
人の世に知られぬ、先史魔法文明期に建設された パタ砂漠の地下に広がる神殿。
神殿の入口は魔法によって巧妙に隠され、
遂に誰にも発見されぬまま 現在に至っていた。
かつて
その砂漠の上空には、
ガーレーンという巨大な空中都市が存在した。
魔法の力によって浮遊していた
その石造りの都市には
数万人の人々が生活をし、自らの栄華を誇っていた。
ガーレーンの圧倒的な美しさは砂漠のオアシスであり
空中庭園に咲き誇る木々や花々の姿は
訪れる旅人達を驚嘆させ、
吟遊詩人たちは我先にと、その繁栄を歌にした。
しかし、ガーレーンは
先史魔法文明の末期に起きた戦いで
都市を浮上させていた魔法の力が暴走を起こし、砂漠に落下し崩壊してしまった。
数十キロに渡って砂漠に広がる都市の残骸が
落下の衝撃の規模を如実に物語っていた。
凍えるような砂漠の夜に
耳をすませば
亡霊たちの怨嗟の泣き声が二千年経った今でも
風に吹かれ届いてくるのであった。
魔法の明かりなのだろうか。
砂漠の地下に広がる神殿は、ぼんやりとした黄色に包まれていた。
神殿は、刻に浸食されてはいたが 比較的、保存の状態が良かった。
その広大な地下神殿に動く影があった。
その影は真紅のローブを纏っていた。
煌びやかな装飾品が鈍く乱反射している。
一際 目立つのは頭の上の王冠であった。
王冠には巨大な宝石がいくつもちりばめられていた。
この王冠一つで一つの国が興せそうであった。
真紅のローブを纏った人物は滑るように、
流れるように
通路を移動し、階段を移動していた。
あるいはそれは 空中浮遊(レビテーション)の魔法の効果かもしれなかった。
ローブの人物は神殿の中央に鎮座している巨大な水晶球の前に立った。
手をかざし短い呪文を唱える。
ああ・・・
感じる・・・彼の喜びを・・・
ローブの人物は静かに呟いた。
感じるぞ・・・我が友、我が輩(ともがら)よ・・・
水晶球が淡い光を放ち始めた。
イシュタル・・・
イシュタル・・・そなたは今一度、現世に復活を果たそうというのか・・・
イシュタルは二千年前、あの魔法戦の後、同胞の手によって封印された。
その封印の魔法は極めて強力だった。
あの魔法の力は強大で・・・遂に我ですら解く事は敵わなかった・・・
あの魔法を解く事が出来るのは、おそらく封印の術を施した本人だけであろう。
おお・・・イシュタルが
イシュタルが、喜びの声をあげている・・・
イシュタルの喜び
それは つまり
かつてイシュタルを封印した人物が、二千年の時を経て現世に転生した事を意味する。
巨大な水晶球の中に、雪を抱いた山々の姿が映し出されていた。
神々の座。
ユーリニオン中央に位置するピレー山脈。
そこに隠された玄室にイシュタルは今でも封印されているのだ。
イシュタル・・・
今度こそ、
今度こそは、
我の願いを叶えよ。
からからから
からからから
ローブの人物は楽しそうに笑い始めた。
王冠の下の、真っ白な髑髏の顔が歯を鳴らし 高らかに哄笑していた。
ぽっかりと空いた眼窩は、紅く妖しい輝きを放っていた。
真紅のローブを纏った人物
この人物こそは
ユーリニオンに現存する、ただ一人のノー・ライフ・キング
生命なき者の王
死の王であった。
蒼く、音のない世界であった。
そこは神々の住まう遥かなる虚空のようでもあり
陽の当たらぬ深海のようでもあった。
上もなく、下もなく
右も、左もなかった。
アーリンは、ぼんやりと浮かんでいた。
アーリンは、ぼんやりと沈んでいた。
わたし、いま どこにいるの・・・
アーリンは必死になって意識を集中しようとしていた。
しかし、考えるという行為そのものが、もはやひどく億劫な事であった。
このまま、ぼんやりと 揺れていたかった。
このまま、ぼんやりと 振動していたかった。
アーリンの前に、巨大な何かがいた。
それは、真っ白な蛇であった。
真っ白な蛇は 自らの尾を咥えながら、くるくると螺旋のように回転していた。
ウロボロス・・・
無限力・・・・・・
深い叡智を湛えた、それでいてひどく無機質な蛇の眼が
自らの尾を咥えたまま
アーリンを静かに見つめていた。
それは
オーム・・・
オーム・・・
と優しく振動しているようであった。
アーリンの意識の表層に何人かの人の姿が流れては、消えていった。
それは、なぜかしら鈍い痛みを伴っていた。
かあさん
ましあ
おとうさん・・・
それはお前の家族の姿だと記憶が囁いた時に、
アーリンを包んでいた優しい振動がおさまった。
ウロボロス・・・
わたし、いかなきゃ・・・
みんなのところへ・・・
娘よ。
行くがよい。
行って思う存分、世界の均衡を崩すがよい。
アーリンは激しく咳き込みながら、覚醒した。
目を覚ますと、すぐにむせ返るような煙を吸い込んで、
またしても激しく咳き込んだ。
辺りには視界を遮る程の、煙が立ち込めていた。
アーリンは涙目になりながら、
吹きつけてくる熱風に耐えかねて
慌てて起き上がった。
見渡せば、アーリンは城の外の草地に居た。
すぐ目の前で城が轟々と勢いよく燃えていた。